2009/09/11

七転八倒007


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お盆のUターンラッシュに相反するタイミングで札幌に向かう。到着してみると大通り公園のビアガーデン最終日で、主要ビール会社が1ブロックごとに趣向を凝らしたビアガーデンを展開して、しのぎを削る一大ビール戦争が繰り広げられていた。1社1ブロックなのでSU社、K社、A社、SA社、と海外輸入ビール会社の連合軍を合わせると5丁もある。端から端まで歩くとまたビールが飲みたくなるというカラクリなのか?テーブルで飲んでいるひともいれば、芝生の上にレジャーシートを敷いてピクニック気分のひともたくさんいて、ジョッキにはビールがたっぷりあって、みんな笑顔で「天国の風景ってのはもしかしたらこんな感じなのかなぁ・・・」と思ったりした。

部屋に着いて一通り空気の入れ替えなんかをして、短パンとTシャツに着替えて近所の喫茶店に出かける。ここは家からも近くコーヒーも濃くてうまいので札幌にくれば必ず顔をだす。約ひと月ぶりでマスターと世間話&情報交換をする。その後、同じく東京から来札している友人と久しぶりに札幌で再会し友人数名と夕食を囲む。彼は独自の観光雑誌を創刊予定でその取材のため長期滞在している。この出版不況のご時世に新雑誌創刊なんてまさに鮭の遡上のような話だけど、思い立ったら後には引かないのは彼らしい。構想段階からいろいろ話は聞いているので応援したい。ぼくの持っているネタは一通り提供したけど北海道全土となると結構な強行軍だ。

個人的には雑誌はもうほとんど買うことがない。いろんなことに興味がなくなったわけではなく、単に必要がなくなったしまったのだ。グーグル・アラートに興味のあるキーワードを登録してあるので関連記事を定期的にウェブから拾い上げてくれるし、お気に入りのサイトはRSS配信でフォローしている。たまに掘り下げていろいろ調べることもあるけれど、自分からあれこれ情報を探す習慣はこの数年でなくなってしまった。欲しい情報は向こうから自分の手元に勝手に届いてしまう時代なのだ。

出版社が広告宣伝の片棒を担いで情報を発信する時代はすでに去り、市民ひとりひとりがリソースであり編集者であり読者なのだ。欲しいものは自分で調べて選ぶし、自分の必要としている情報はウェブ上に溢れる無数の井戸端会議の中からすくい上げる。わかりきったことだけれど、「体験」と「情報」は違う。ぼくの時間は限られているので、全てを「体験」することは不可能だ。不確かな「情報」、賞味期限切れの「情報」に無駄な時間を使うぐらいならひとつでも多く「体験」したい。見ず知らずの人の様々な思惑に自分の「体験」の矛先を左右されるヒマはないのだ。

札幌の用件を終え、東京に戻ってもやっていることはほとんど変わらない。相変わらずドトールの席に座り、ラップトップを開いて作業をしている。窓の外では「よさこい」のパレードが展開していて笑ってしまう。地元の街でも数年前から「よさこい祭り」が開催されていて、こうなるとホント「ここは何処?」って感じだ。

これから旅行に出かけるといっていた札幌の友人のその後の顛末も、入れ違いで東京出張に行ってしまった友人の動きも、札幌からやり取りしていた東京と海外の仕事の進捗も、メールやtwitterやその他SNSで全てリアルタイムでフォローできる。実際に会って話すよりやりとりが密なことも多い。「懐かしい」とか「久しぶり」とか「ご無沙汰」という感覚が日々希薄になっている。一年ぶりで会う人の昨日の夕飯の献立を知っていることだってあり得るのだ。

アフリカで人類の祖先が生まれたときから、石槍からラップトップへと手持ちの道具をその都度変えながら、ぼくらはずっと移動しながら進化してきた。その中で中心となる都市もまた時代時代で変化してきた。今現在、その中心都市という概念は日々薄れていっている。中心はそれぞれの個の中に存在していて、それがリゾーム的に世界中に散らばり干渉し合いながら進化を続けている。

20年前、こんな現在の状況を誰が予想していただろう?そして、20年後の世界はどうなっているのだろう?2030年、遠い未来のようにも思えるし来週のことのようにも感じる。まぁいずれにしてもその頃にはぼくの時代はとっくに終わっているんだけど・・・。